ブログ -診察室より-

「朝の光の中で」 その32018.11.28

ガラスのコップの縁の、このきらめきに目を澄ましてゐるうちに、コップの胴のひとところにも朝日の光りの宿るのが、私の目にうつって来ました。

これはコップの底の縁のやうに強いかがやきではなくて、ほのかにやはらかな光りであります。

光線の燦々なハワイでは、日本風にいふ「ほのか」はあてはまらないかもしれませんが、底の緑の光りが点からかがやきを放ってゐるのとはちがって、胴の光りはやはらかく面に、ガラスの肌に、ひろがってゐるのです。

この二つの光りは二つとも、いかにも清らかに美しいのでした。

ハワイの豊かに明るい太陽、爽かに澄む大気のせゐでありませう。

片隅のテエブルの上に用意した、ガラスのコップの群れに、このやうな朝日の光りを発見し、感得しましたあとで、目を休めるやうにテラス食堂をながめますと、すでに客のテエブルにおかれて、水と氷を入れてあるコップ、そのガラスの肌にも、ガラスのなかの水と氷にも、朝の光りがうつったり、さしこんだりして、さまざまに微妙な明りをゆらめかしてゐました。

気をつけなければ気がつかないほどの、この光りもやはり清らかに美しいのでした。

「朝の光の中で」 その22018.11.22

コップの群れは、まあ出動態勢の整列できちんと置きならべたさまなのですが、みな伏せてありまして、つまり、底を上にしてありまして、二重三重にかさねたのもありまして、大きいの小さいのもありまして、ガラスの肌が触れ合ふほどどのひとかたまりに揃へてあるのです。

それらのコップのからだまるごとが、朝日にかがやいてゐるのではありません。

底を上にして伏せた、その底の円い緑のひとところが、きらきら白光を放ち、ダイヤモンドのやうにかがやいてゐるのです。

コップの数はいくつくらゐでせうか、二三百はあるでせうか、そのすべてが底の縁の同じところを同じやうにかがやかせてゐるわけではありませんが、かなり多くのコップの群れが、底の縁の同じやうなところに、かがやく星をつけてゐるのです。

コップの行列が光りきらめく点の列を、きれいにつくってゐるのです。

「朝の光の中で」2018.11.15

先日、中学校の教科書にあった文章のことを思い出していました。作者もタイトルもわからないのですが、ハワイのカハラを描写したとても美しい文章だったことは鮮明に覚えていて、僕の心の中にずっとありました。

そんなつたない記憶なので、普通なら記憶の奥底に沈んでしまうものですが、ネットの発達は本当にすごいもので、あっさりと調べられてしまいました。

タイトルは「朝の光の中で」、作者はあの川端康成氏でした。

きちんとした成書にはなっておらず、川端氏がハワイ大学での講義のためにカハラに長期滞在した際の文章で、出典は「美の存在と発見」ということがわかりました。さらには、この文章は光村図書出版の中学2年生用題材で、昭和47年から52年にかけて使用された教科書に収録されていたことまでわかりました。自分の中学2年は昭和50年ですので、まさにどんぴしゃりです。

ついでに本まで入手出来ました。

IMG_1452.jpg

ネットは本当にすごいです。

どんな文章か、、、

このブログを読んでいただいている方にご紹介がてら、自分自身がちょこちょこ読み返してみたいなという思いもあり、少しずつ転記していこうと思います。

これまたスキャナを使って取り込んでみたのですが、縦書きで旧仮名遣い交じりということもあり、そのままでは転記できません。

修正しながらボチボチ転記してみます。

文章は全7段になっていますので、6回に分けてアップします。

「朝の光の中で」 その1

わたくし、カハラ・ヒルトン・ホテルに滞在して、ふた月近くなりますが、朝、浜に張り出した放ち出しのテラスの食堂で、片隅の長い板の台におきならべた、ガラスのコップの群れが朝の日光にかがやくのを、美しいと、幾度見たことでせう。

ガラスのコップがこんなにきらきら光るのを、わたくしはどこでも見たことがありません。

やはり日の光りが明るく海の色があざやかであるといふ、南フランス海岸のニイスやカンヌでも、南イタリイのソレント半島の海べでも、見たことがありません。

カハラ・ヒルトン・ホテルのテラス食堂の、朝のガラスのコップの光りは、常夏の楽園といはれるハワイ、あるひはホノルルの日のかがやき、空の光り、海の色、木々のみどりの、鮮明な象徴の一つとして、生涯わたくしの心にあるだらうと思ひます。

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