ブログ -診察室より-

「誓い」2010.11.12

以下の文章を読んだ多くの産婦人科医の涙腺が熱くなったことと思います。産婦人科に限らず、なかなか良い話しが少ない中、久し振りに胸が熱くなる話しに触れ、アップしてみたくなりました。
詳しくはhttp://www.pref.miyagi.jp/kyosha/seisyonen/syutyouindex.htmにもアップされています。

「誓い」

 私は、父が嫌いでした。産婦人科医である父は、毎日仕事に追われ、一緒にいる時間はとても少なく、帰ってきても将棋ばかり。私達子供に構うこともなければ、家のことも母に任せきり。
 そんな父が、小学校六年生の十二月、一度だけ、ピアノのコンサートに誘ってくれたことがありました。「いっしょに行かないか。」と誘う父に対し、私は「絶対に嫌」と、とても冷たい口調で、父の顔も見ることなく断りました。それをきっかけとし、私の父に対する態度は、ますますひどくなっていきました。


父との関係が悪化する中、その日は、突然やってきました。三月の早朝、父が倒れたのです。病名は心筋梗塞。病院に運ばれましたが、父が目を覚ますことはありませんでした。
 父の死はあまりに突然すぎ、私は頭が真っ白になりました。父がコンサートに誘ってくれた、あの時のことを思い出し、もう謝れない悔しさと後悔で私の胸はいっぱいになりました。そして、なぜ、父は、自分の命を削ってまで、産婦人科医という仕事をしていたのか、疑問でなりませんでした。


 父の死を受け入れられないまま中学一年の秋になりました。職業調べという学習があり、私は父がしていた産婦人科医を調べることにしました。資料集めのため、助産師の母に話を聞いてみることにしました。母は、わかりやすい説明と一緒に、参考になればと、一冊のスクラップを貸してくれました。それには、産婦人科をめぐる、たくさんの新聞の切り抜きが集められていました。読み進めれば進めるほど、産婦人科医の過酷な労働の実態が分かりました。そして、父も同じような状況にあったのだと思い知ったのです。私は、すかさず母に質問しました。
 「こんなに忙しくて、産婦人科医の、どこにやりがいがあるの?」
   母はこう教えてくれました。
「志穂、産婦人科医という職業は、一度に二つの命を預かる本当に大変な仕事なの。片方の命を落とすこともないとは言いきれない。とてもリスクが高いうえに訴訟を起こされることも多い。だから産婦人科医は少ないの。でもね、元気な赤ちゃんが生まれた時のお母さんや家族の笑顔をみると、この仕事をやっていて本当によかったと思うのよ。それが一番のやりがいね。」
 母の言葉を聞き、私の疑問は解けていきました。産婦人科医という職業は、命をかけるだけの価値がある。父は、生命の誕生を支える、とても素敵な仕事をしていたのだ。私は、父を誇りに思いました。


 今の日本、産婦人科医の不足は本当に深刻です。このままでは、安心して子供を生み、育てることのできない社会になりかねません。
 だからこそ私は、父のような産婦人科医を目指します。新しい命を支え、病気で苦しんでいる女性の命を救い、たくさんの家族に幸せを届けたいと思います。また、父のためにも医師の過酷な労働状況を何とか変えたいと思います。私たちが親になる時、安心して暮らせる社会にしたいと思うのです。


 そのために、これから、私が身に付けなければならないことが、三つあります。今の生活や学習の中で、何事にも真正面から向き合う心と身体の強さ。いろいろな視点から物事を考える柔軟さ。そして、命を大切にする気持ち。この三つをしっかりと身につけ、自分の夢を叶えたいと思います。そんなに簡単ではないでしょう。しかし私は、決して夢をあきらめたりはしません。立派な仕事を成し遂げた父。大好きなお父さんに、誓って。